完璧さしか見えません。

2014-09-12

週1回、往診させて頂いているご高齢の女性がいます。

5年前に手術したスキルス胃がんが再発し、最近まで化学療法を受けられていました。しかしそれも限界に来て抗がん剤は終了となり、外科の主治医からは今年いっぱいぐらいでしょうと言われたそうです。

それで訪問診療と看護、介護で介入し始めたのです。

それにしてもこの女性、いつも眼差しに愛や喜び、安らぎといった徳が溢れているのです。

今日はお昼にちょっと食べ過ぎてお腹が苦しいと訴えておられましたが、骨盤や腰をマッサージさせてもらいながら、色んな話を聞いていました。

5年前に手術を受けたときのこと。裁縫の仕事をしていたので、頭の毛が抜けて困っていた方のために数十もの簡易な帽子を編んで、患者さんと病棟にプレゼントしたそうです。患者さんたちに大層喜ばれたのだとか。

そのことがあって、今でも病院に行くたびに看護師さんからそのときの話題が出て感謝されるのだそうです。

ここ1週間でも色々と感動的なことがおありだったようです。

たまたまヘルパーに来てくれた人が以前小学校で一緒に仕事していた方だったり。

ぼくが貸した『 招き猫川平君が教えてくれた 幸運の流れに乗る生き方 』という阿部敏郎さんの本がとても共感できて2回も読んでくださったり。キラキラとした眼で涙ぐんで感動したことを話してくださいました。この方自身、16年間飼っていた猫にがんを早期で見つけてもらって、救ってもらったんですって。

マッサージをしていると、いつの間にかお腹の苦しさは和らいだようです。

この方の目線は、正に一期一会。

やせてはいても、眼はとてもキラキラしています。

がんを治そうとする選択肢もあっていいと思いますが、この方の場合は今の生き方に完璧さしか見えません。

同じ体の状況でも、魂が救われている人は平安と共にありますね。

特定の宗教を信じているかどうかではなく、生きがいや希望があり、愛や喜び、感謝を感じて今を生きているかどうかだと思います。

反対に、生きがいや希望がなく、今目の前のことへの感謝と喜びがなく、過去の記憶の再生と苦痛だけに注意が固定していると不幸です。残念ながら、他に訪問診療されている方ではそのような方もおられます。

体が辛い状況になったり認知症が進んでも心が平安と共にいられるかは、もちろん周囲の温かいケアも大事なのですが、結局はいまをどう生きているか、これまでどう生きてきたか、どう人格や徳を高めてきたか、によるのだと思います。

有り難い出会いを頂きました。

※ご本人の許可を頂いて書かせて頂きました。

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